― 遺言執行者を指定していなかったために起きた停滞
Qさん(82歳)は、長年連れ添った妻に先立たれ、晩年は一人暮らし。子どもはおらず、姉の子(甥と姪)たちと交流がありました。
Qさんは、自身が亡くなった後のことを考え、公正証書遺言を作成していました。
遺言には、こう記されていました。
「預貯金のすべてを甥のRに、不動産を姪のSにそれぞれ遺贈する。」
公正証書遺言として形式に問題はありませんでしたが、遺言執行者の指定がなかったことが、思わぬトラブルを招きます。
■ “誰がやるの?”で止まった相続手続き
Qさんが亡くなったあと、遺言の内容通りに分配するには、
銀行口座の解約や不動産の名義変更といった相続手続きの実行者が必要になります。
しかし…
- 甥のRは「手続きが面倒で不安」と及び腰
- 姪のSは「自分が進めるべきなのか分からない」と手を出せず
- 他の親族からは「勝手に動かないでほしい」と牽制が入る始末
結局、相続手続きは1年以上も滞り、遺言が“あるのに進まない”状況に。
不動産の登記も保留され、預貯金は凍結されたままとなりました。
■ 公正証書遺言でも「執行者」がいないと動かない
遺言執行者は、**遺言の内容を実現するために必要な“代表者”**です。
特に以下のようなケースでは、指定がないとスムーズに進みません。
- 相続人以外に遺贈する場合(※銀行や法務局が慎重になる)
- 相続人同士に信頼関係がない場合
- 複数人に財産を分ける場合
遺言執行者は、親族でも専門職でもよく、遺言の中で指定できます。
また、後から家庭裁判所に選任を申立てることもできますが、時間と費用がかかるのが難点です。
■ 対策:執行者を「明確に」しておく
Qさんのケースでは、もし遺言に以下の一文があれば、すべて違ったかもしれません。
「本遺言の執行者として、司法書士Tを指定する。」
この一文により、専門家が代理で手続きを進め、関係者の負担や混乱を防ぐことができます。
また、親族を執行者にする場合でも、
- 「Rを執行者とする。手続きに必要な費用は預貯金から支払ってよい」
- 「SとRを共同で執行させる。紛争時はSの判断を優先する」
といったように、役割や判断の基準を明確にしておくことで、トラブルを回避できます。
■ 結びに ― “書けばよい”では終わらない遺言
公正証書遺言は、確かに強力な法的効力を持ちます。
しかしその効力を**「現実に動かす」人が不在であれば、書いた内容は“絵に描いた餅”になりかねません。**
想いを届けるためには、「誰に、何を、どう渡すか」だけでなく、
「誰がそれを実行するか」まで設計しておくことが必要です。
公正証書遺言を作成する際は、“遺言執行者の指定”もセットで考えることを、ぜひ忘れないでください。

