🩺 遺言作成時の落とし穴

想定ケース|脳梗塞後に遺言書を作成した70代男性の例

【背景】

長野県内で一人暮らしをしていた70代の男性。
数年前に軽い脳梗塞を発症し、右半身に軽い麻痺が残ったものの、言葉もはっきりしており、リハビリを経て自宅生活に戻っていました。

ただ、最近になって物忘れが増えたと家族から指摘され、医師からも「軽度認知障害(MCI)の可能性がある」と言われていました。
そんな中で、本人が「今のうちに遺言を書いておきたい」と考え、知人の紹介で行政書士に相談に訪れました。


【本人の意向】

・自宅は長男に相続させたい
・預貯金は介護の面倒をよく見てくれた次男に渡したい
・趣味の骨董品は孫に譲りたい

内容は明確であり、家族関係にも大きな対立はありません。
行政書士は公正証書遺言の作成を勧め、公証人との打ち合わせを進めました。


【落とし穴】

作成当日、公証人が本人に意思確認を行う中で、
「この家は今どなたがお住まいですか?」という質問に対し、
男性は一瞬迷って「妻と二人で」と答えてしまいました。
(実際には妻は数年前に亡くなっており、単身暮らしでした。)

この回答を受けた公証人は、判断能力に若干の疑義を抱き、
「医師の診断書をいただきたい」と指示しました。


【医療面の確認】

男性の主治医は「軽度認知障害であるが、意思疎通は可能。判断能力は日によって変動する」と診断。
結果として、遺言作成は一旦延期となり、改めて体調が安定している日に再実施することになりました。

後日、再面談の際には受け答えが明確で、公証人・立会人も納得の上で公正証書遺言が完成しました。


【考えられる法的リスク】

もしこのケースで、初回の遺言作成をそのまま強行していた場合──
後に相続が発生した際、「遺言能力がなかった」として無効主張を受ける可能性がありました。

遺言能力(民法963条)
=「遺言をする時において、自己の財産をどのように処分するかを判断できる能力があること」

特に脳疾患や認知機能の低下が関与する場合、
医師の診断や公証人の観察記録は、遺言の有効性を支える重要な証拠になります。


【医療と法務の接点】

遺言作成時に見落とされがちな「体調・認知・服薬」の確認は、
実務上、非常に重要です。

たとえば、

  • 一時的なせん妄(感染症・薬の副作用・脱水など)
  • 精神科系の薬による意識レベル低下
  • 不眠や脱水による判断力の揺らぎ

これらは一見「軽い体調不良」と見過ごされがちですが、
遺言能力の有無を判断する上では決定的な要素となり得ます。


【行政書士ができるサポート】

  • 医師の診断書の取得方法を説明
  • 公証人との日程調整時に「体調の良い時間帯」を考慮
  • 面談内容の記録を残し、家族にも説明を共有

法律的な形式を整えるだけでなく、
「その日・その状況で意思能力が確保されているか」を丁寧に確認することが、
後のトラブル防止につながります。


【まとめ】

🩶 遺言作成時の落とし穴は、「書式」よりも「タイミング」や「体調」にあります。
とくに高齢・持病・服薬中の場合は、
医療的側面を踏まえて準備を進めることが、もっとも確実な法的保全策です。


🔍 次回予告

次の記事では、
「想定ケース|抗がん剤治療中に遺言を作成する際の注意点」
をテーマに、治療中の判断能力と公証手続きの留意点を解説します。

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