想定ケース|認知症の診断後に遺言を作成した80代男性の例
【背景】
長野県北部の町で暮らす80代の男性。
数年前に妻を亡くし、現在は長男夫婦と同居しています。
近頃、同じ話を繰り返したり、通帳をどこにしまったか忘れることが増えたため、
家族が受診を勧め、神経内科で「軽度のアルツハイマー型認知症」と診断されました。
医師からは「まだ日常生活は自立しており、判断力は保たれている」との説明がありましたが、
本人は「今のうちに、はっきり自分の意思を残しておきたい」と強く希望。
行政書士に遺言作成を相談しました。
【本人の希望】
- 自宅と土地は長男に
- 預貯金の半分を長女に、残りは孫たちに分けたい
- 妻の遺品はすべて形見分けとして自由にしてほしい
家族全員がこの意向を尊重し、公正証書遺言で進めることになりました。
【落とし穴】
認知症と診断された段階で遺言を作成すると、
相続発生後に「そのとき本当に判断できていたのか?」という争いが生じるリスクがあります。
この男性の場合も、作成時に少し不安な場面が見られました。
公証人が「いま住んでいる家の名義はどなたですか?」と尋ねた際、
男性は一瞬「妻の名義だったかな?」と答えてしまいました。
(実際は自分の単独名義でした。)
その後すぐに訂正できたものの、判断能力に疑問が残る状況でした。
【医療面の確認】
主治医に対し、公証人から「遺言作成時の判断能力について」意見を求めました。
医師は診療録をもとに、以下のように診断書を作成しました。
「軽度のアルツハイマー型認知症を有するが、日常生活は自立。
現時点では自己の財産内容および相続人関係を理解し、
意思表示を行う能力は保たれている。」
この診断書を添付し、当日の面談記録も詳細に残すことで、
後のトラブルに備えた形で公正証書遺言が完成しました。
【法的リスク】
民法上の「遺言能力(963条)」は、
精神疾患や認知症の有無ではなく、作成時点での判断能力 によって判断されます。
したがって、認知症の診断があっても、
その時点で内容を理解し、合理的な判断ができていれば遺言は有効です。
しかし、
- 診断後まもなく遺言を作成した場合
- 症状が進行しており、日によって混乱がある場合
- 医療的記録が残っていない場合
これらの条件が重なると、
相続発生後に「無効主張」を受ける危険が高くなります。
【医療と法務の接点】
遺言能力を確認するうえで、
医師の診断書や診療記録は極めて重要な証拠となります。
特に以下のような点を記録に残すと有効です:
- 医師による「認知機能検査(MMSE等)」の結果
- 日常生活における判断の様子
- 作成日当日の会話や受け答えの状況
- 行政書士・公証人による記録メモ
医学的裏付けのない遺言は、
たとえ形式が整っていても、のちに争われる余地を残します。
【行政書士の支援ポイント】
- 診断書・意見書の取得サポート
- 面談・作成日程を主治医や家族と調整
- 作成時の状況(会話・反応)を詳細に記録
- 公証人との情報共有
法的な整備に加え、
「本人の意思を確実に証拠化する」こと が、
実務上の最大の防御策になります。
【まとめ】
🧩 「認知症=遺言は作れない」わけではありません。
大切なのは、作成時の判断能力をどう証明できるか。
医療機関・家族・専門職が連携して、
本人の意思を正確に残す支援を行うことが、
後の紛争防止につながります。
🔍 次回予告
次の記事では、
「想定ケース|入院中・療養中に作成した遺言書の落とし穴」
をテーマに、病院での作成に伴う実務上の注意点と、
病床での遺言(危急時遺言)との違いを解説します。
