✍️ 遺言作成時の落とし穴

想定ケース|発熱・倦怠感の中で自筆証書遺言を書いた70代女性の例

【背景】

長野県中部に住む70代の女性。
長年糖尿病と高血圧を患っており、数年前に軽い脳梗塞を経験。
現在は内科で治療を続けながら、一人暮らしをしていました。

ある冬の日、発熱と強い倦怠感のため寝込んでいたときに、
ふと「自分にもしものことがあったら、どうなるのだろう」と不安を感じ、
枕元に置いてあったノートに遺言のような文章を書きました。


【本人の記載内容】

「私が亡くなったら、家は長男にあげます。
預金は娘に分けてください。
あと、形見は孫に。
2025年2月 ○○(署名)」

このような簡単な内容でしたが、署名・日付・押印があり、
家族も「お母さんの字だ」と認めていました。


【落とし穴】

問題となったのは、「書いた当日の体調」と「筆跡の乱れ」でした。

後日、女性は肺炎で入院。
退院後まもなく亡くなり、このノートが遺言書として見つかりました。
しかし、文字がふらつき、誤字が多く、部分的に読めない箇所もあったため、
相続人の一人が「本当に本人が書いたのか」「体調が悪くて判断できなかったのでは」と異議を唱えました。

結果、家庭裁判所の検認手続では、
「筆跡は本人のものと認められるが、内容の確定に疑義がある」とされ、
法的効力の一部が否定されました。


【医療面の確認】

医療記録によると、当日女性は38度以上の発熱と脱水症状があり、
内服薬(鎮痛解熱剤・降圧剤)の影響も重なって、
「軽い意識の混濁があった」と診療録に記載されていました。

つまり、作成時点で判断能力に支障があった可能性 が否定できませんでした。


【法的リスク】

自筆証書遺言は、

  • 作成時の本人確認が外部で証明されにくい
  • 医療記録や立会人がいない
  • 字体や文面の乱れが「判断能力欠如」の証拠とされる可能性

といった理由から、後に無効主張を受けやすい形式です。

特に、体調不良・発熱・服薬中などの状態で書かれた場合、
一時的な混乱や意識低下があっても、それを否定する証拠が乏しいのが実務上の課題です。


【医療と法務の接点】

医療現場では、体調による一時的な認知変動(delirium:せん妄)がよく見られます。
脱水・発熱・低血糖・感染などが引き金となり、
一時的に判断力や記憶力が低下することがあります。

このような状態で作成された遺言は、
たとえ形式上は整っていても、「意思能力を欠いていた」と判断される危険があります。


【行政書士ができる支援】

  • 体調や服薬状況を確認した上で、作成時期・方法を提案
  • 自筆よりも「公正証書遺言」や「証人付き自筆遺言」を推奨
  • 家族への説明資料や記録メモを作成
  • 作成時に「本人が説明しながら書く」様子を記録(動画・音声など)

「書けるうちに書く」ことも大切ですが、
“確実に有効な形で残す” ための選択肢 を示すことが、専門職の役割です。


【まとめ】

🖋 体調が悪いときに書いた自筆証書遺言は、
本人の真意であっても、法的に有効とされないリスクがあります。

病気の回復を待って、冷静に内容を整理したうえで作成するか、
あるいは医療機関・専門家と連携して「意思確認の記録」を残しておくことが重要です。


🔍 次回予告

次の記事では、
「想定ケース|終末期における“口頭の遺言”が残した課題」
をテーマに、危急時遺言や口述記録の実務的な注意点を解説します。

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